『騙し絵の牙』を観ただけだったのに、の話

映画『騙し絵の牙』を観に行った。

 

前部署の元上司や先輩が観ていたのと、発売当初に原作を読んでいたのもある。何よりもその原作は、塩田武士が大泉洋を主人公に当てガキしたらしい。北海道民大泉洋が好きなのだ。

 

amzn.to

 

翌日から『るろうに剣心』がかかり始めるらしく、今日を逃すと公開劇場がグッと減る。そう聞いていたので慌てて観に行くことにしたのだが、夜にやっている劇場はTOHO日本橋しかない。山手線ユーザーなのと、時間に余裕があったこともあり東京駅から歩いて向かう。

 

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劇場ではCOSTAコーヒーの販売が始まっていた。なんだか知らないけれど、海外旅行にも行けないご時世に、ロンドンで飲む、いつもの味。僕にとって新鮮みがないことが、成功の証だと思う。

 

 

映画館の予告といえば、いつまで立っても本編が始まらないでお馴染みだったはずが、2本しか入っていなかった。様々な超大作の公開日がなかなか決まっていない。映画業界も大変だと感じる。

 

肝心の本編は楽しめなかった。原作と展開が大きく変わっていることは聞いていたものの、これでは大泉洋をキャスティングした意味もなく、オチも変にバランスを取ろうとしてズッコケてしまったように見えてしまった。ああ、このエンディングは電子書籍モチーフをやりたかったんだなあと思いながら、『シャイニング』のホテルの絨毯と全く同じ柄の上を歩いて劇場を出る。

 

確かFacebookで元上司が褒めていたなと思い出し、楽しめなかったことをそのまま、一週間前の投稿にコメントする。

 

「経験を積んだら、いつかわかる日が来るかもね」すぐに返信がついた。そういうものなのだろうか。

 

 

 

三越に沿って歩きながら、日本橋から山手線に向かうのなら東京駅よりも神田の方が近いらしいことを知った。そうか、と思いマンダリンオリエンタルを横目に見ながら神田であろう方向に歩を進める。

 

映画の不完全燃焼感を誰かとシェアしたく、Clubhouseの配信をやってみるが誰も入ってこない。黙々と歩く。

 

歩けど神田には着かない。けれど意地でも地図は見たくない。すぐに家に帰りたい気分でもないのでとりあえず歩き続けることにする。こうして長い夜の旅が始まってしまった。

 

 

 

普段はほとんど酒を飲まないのに、外で飲めないということになると寂しくなる。コンビニで檸檬堂を買って歩きながら飲む。左手に消防庁の大きなアンテナが見えるので大手町近辺にいることが分かる。

 

ということは、このまま外堀に沿って歩いていけば九段下・市ヶ谷方面に抜けられるはずだ。

 

そういえば、と思う。原作を読んだタイミングの僕は、就活の真っ只中だった。あれを読んで編集者になりたくなったわけでもないし、当時は原作の速水が選んだ道がどういうことなのかも分かっていなかった。今だって別にちゃんと分かっていないのに、本当に編集者になってしまった。外から見てるのと中にいるのでは、感じることは当たり前だけど全然違う。

 

Slackで先輩にも「あまりピンとこなかった」と伝える。「なんかごめん、煽りすぎたかも」と謝られてしまう。黙々と歩く。

 

黙々と歩いていると、本当に武道館の脇に出た。神田には着けなかったけど、大体の方向感覚は合っていた。いや、神田に着けないけど九段下に着けたぞ、というのは果たして正解なのだろうか。そんなにすごいことなのかそれ。

 

 

 

九段下でもまだ電車には乗らない。次は新宿の方向に向かって歩いてみようと思い始める。多分このまままっすぐ行けば防衛省の前を通っての伊勢丹メンズ館の前に出るはずなので、行ってみたくなる。

 

すぐに右手に靖国神社が見えてくる。僕の政治思想とは別に、靖国神社には妙な思い出がある。しかも一つではなく、僕の人生の岐路に靖国神社が現れてくるのだ。というか神社が向こうからやってきたりはしないので、僕があちらに行っているだけなのだけど。

 

最初の思い出は大学受験の時に東京に来ていた時だ。心配した母と二人で上京し、半蔵門の駅前のホテルに泊まった。受験直前なんだから勉強すべきだと今は思うのだけど、歩いてすぐのところに色々なものがある環境が魅力的で仕方なかった。グーグルアースで靖国神社が近いことを知り、息抜きと称して歩いて行った。結局大学は一つしか受からなかった。

 

次の思い出は就活真っ只中だ。出版社の就活は知名度や規模に比して募集人数が少ないので倍率が高い。例に漏れずお祈りメールを何通ももらっていたけれど変な願掛けはしないようにしていた。そんな中で第一・第二志望の版元に行く日が重なることが多く、その道中に靖国神社の脇を通ることが多かった。なんとなく、本当に行きたい二つの会社だけは神様に言っておいてもいいかもしれない、と思い軽い気持ちで寄っただけだったのだが、面白いことにその二社だけ最終面接まで進めてしまった。すぐにどちらも最終面接で落ちてしまい、神は死んだと言ったニーチェはこんな気持ちだったのかもしれないと思ったのを覚えている。結局会社にも一つしか受からなかった。

 

Twitterで映画の感想をさらっと呟いたものの誰からも反応がない。さらに歩きたくなって半蔵門に寄り道してみることにする。新宿方面に向かえるはずの靖国通りを左に曲がる。黙々と歩く。

 

 

 

受験期に歩いた道をそっくりそのままなぞって半蔵門に向かう。意外と覚えている。当時と違うのはコーヒーのカップではなくアルコールの缶を持っていること。途中でさらにほろよいのメロンソーダを買う。タバコも吸った。

 

半蔵門の駅前は工事をしていた。泊まっていた当時も同じ所の工事をしていた記憶があるのだけどまさか延々とやっているはずもなく、6年以上も経つと修繕する必要も出てくるんだろう。あれからそんなにも経っているのだ。

 

Twitterの別のアカウントでみんなで酒が飲みたいと呟く。どこも開いてないよねとリプライがくる。ここまで来たのだからと思い、第一志望だった会社の前まで行ってみようと思いたつ。そうすれば今度は新宿御苑の方へと抜けられるし、と頭の中に地図を描く。黙々と歩く。

 

 

 

麹町の方へ降りていくと就活の時のことが蘇る。ドトールの横を通った時、同じく最終面接手前の試験で一緒だった女の子と入ったことがフラッシュバックする。彼女は最終面接に進めなかったと後日LINEがきた。いつの間にかブロックされていて、何をしているのか分からないまま存在を忘れてしまっていた。好きな本の話をしたときに穂村弘のエッセイを薦めたことは覚えているのに、何の本を好きだと言っていたのかも思い出せない。

 

第一志望だった会社には夜中なのにも関わらず電気が点いていた。最終面接でしくじった時のことが嫌でも頭に浮かぶ。当時、その会社では社長をはじめとする上層部と現場の対立があり怪文書まで出回ったと話題になっていた。今日見た映画の原作でも似たような展開が描かれていてニヤリとしたものだ。僕が何度か面接に行くと、面接官の後ろにダンディなおじさまが座っていることがあった。1時間以上に渡って面接を受けた後に一度、その人に話しかけてもらった。北海道から出てきて頑張っているねというようなことを言われた気がする。その人がどうやら副社長らしいと知ったのは後のことだ。

 

最終面接では社長からの鋭い質問に窮しことが致命的だったんだと思う。合格できなかった。失意の中、社長と対立していた副社長が退任することを何かのニュースで読んだ。確か社長も一緒に辞めて慣例を破った人事で次期社長を選んだ、とかそんなような話だったと思う。考えれば考えるほど『騙し絵の牙』と重なる。

 

amzn.to

 

入れなかった会社の前を後にするとき、どうしてだかゲスの極み乙女が聴きたくなった。

 

オトナじゃないからさ

無理をしてまで笑えなくてさ

分かってはいんだけど気づけばまわりがくすんでいった

 

川谷絵音が喉からエモを吐き出す。長く歩いたからか映画の未消化感は気にならなくなった。いつかわかる時が来るのかもしれないので、「大人になったらわかるはずリスト」にぶち込んでおく。リストの上にはフェデリコ・フェリーニの『道』がいる。中学生の頃からずっと消化されずに残っているけどいつかチェックがつく日は来るんだろうか、もう内容も覚えていないのに答え合わせなんてできないんじゃないだろうか。黙々と歩き続ける。

 

 

 

このまま紀尾井町へ下っていけば、いつか誰かと泊まったホテルへ出るはずだけど、思い出すようなことでもないかと思い、新宿通りへ戻る。なんとかがもぬけならば名ばかりの紀尾井町と歌ったのは誰だっけ。

 

そのうち新宿御苑の横へと出る。二丁目の仲通りには意外と人がいる。歌舞伎町のゴジラロードの前にも、緊急事態宣言下でみんなが逃れてきていた新大久保も、人がいて安心する。

 

明後日からどうなるのだろう。夜8時以降に店の電気を消すようにと、お触れが出ている。

みんな何処へ行った見守られることもなく

と歌ったのは間違いなく中島みゆきだが、地上の星であるネオンが消えるだけならまだいいが、そこで暮らす人々の生活はどうなるのだろうと思いを馳せる。長い帰り道に嫌でも目に着いたのは飲食店に貼られた「閉店」の赤字だった。

 

大学も会社も結局一つしか受からず、ここまで来てしまった。いつか今日観た映画がわかるようになる日は来るのだろうか。

 

その日まで会社が、業界が残っているのだろうか。何もなくなってしまっていたら、答え合わせができないので困る。何もなくなった、ということが答えなのかもしれないんだけどさ。

 

Apple Musicがまた別の曲をかけ始めるのが、イヤホンを通じて聞こえてくる。

 

この花が咲いて枯れるまできっと

二人には乗る物も見当たらない

 

また椎名林檎が歌っている。

 

〈了〉